こんにちは。カウンセリングオフィスGardenです。
今回は、児童期から成人まで、継続した支援の場を持つことの意味について考えてみたいと思います。
子どもたちとの再会
私は長年、精神科クリニックで心理士としてたくさんのお子さん、親御さんとお会いしてきました。
お子さんが元気を取り戻し、最後に「今日で終わりですね。どうぞお元気で」と見送ることは
何度経験しても大変嬉しい瞬間でした。
しかし数年たって、そのお子さんが再びクリニックを訪れることがあります。
再びお困りのことがあって、相談に来られたのですが、それは、決して
周囲の支援やご本人の努力が足りなかったのではありません。
子育てにおいては、順調に成長を重ねていても、「環境の変化」に、成長のスピードが追いつかず
子どもの頃には問題にならなかった苦手さが、年齢や環境の変化によって
新たに大きな負担になることがあります。
得意・不得意は成長しても完全には消えない
人は誰でも得手不得手があります。
じっとしているのが苦手、臨機応変が苦手、数字が苦手、会話が苦手…。
私たちは、自分の苦手を工夫や強みでカバーしながら、置かれた環境に適応しています。
子どもの場合も同じです。
その子がもともと持っている「性質」は、幼少期から思春期、大人になっても
その子の「土台の一部」としてどこかにあり続けます。
「成長」vs.「環境」の追いかけっこ
学校生活や集団になじみにくさのあるお子さんは、もともと繊細な感性や
ある種の特性を持っていることがよくあります。
それらの性質は、子どもの頃は苦労しても、成長するにつれ、少しずつ
自分なりのスタイルや対処法を身に着けていくものです。
しかし、順調に歩んでいるお子さんであっても、進学や就職という節目には
それまで以上に大きな期待やプレッシャーがかかります。
この時、「環境」が本人の「成長」を追い越し、それまでのやり方では対応が
難しくなった時、どんなお子さんであっても、一時的に体調や心のバランスを崩すことがあります。
この「環境の変化と本人の成長」のバランスは、私たち専門家であっても
正確に予測することは困難です。
同じ特性を持っていても、周囲の環境や人間関係によって、
困り方は大きく変わります。小中学校で一度は解消したかにみえた問題が
大学や就職で形を変えて表面化することもあるからです。
小学生から社会人になるまで、ゆるく長い支援
これまでの臨床経験の中では、小学生の頃に出会い、
社会人になるまで細く長く関わり続けたお子さんもいらっしゃいます。
子どもの頃は「学校に行けるか」「集団になじめるか」が課題だったお子さんが
大学生になって「自己管理」や「人間関係の調整」でつまずくこともありました。
大学生になると一気に自己管理(履修やレポートなど)が必要となります。意外と
これが苦手なお子さんは少なくありません。早々に友人を作って助け合えればいいのですが
人間関係が苦手なお子さんの場合、それも難しいことが多いのです。
このように、同じ“困りやすさ”でも、年齢や環境によって表れ方はさまざまです。
「もしも」の時に、すぐに戻れるという安心
子どもが大人になるまでの間には、いくつもの環境の変化があり
新しい環境では求められる力が変わります。そのため、環境の求めに応えきれず
一度解消した悩みが再び形を変えて生じることは少なくありません。
スクールカウンセラーや公的な相談機関には、それぞれの良さがありますが、どうしても
年齢や所属の制限があります。私たちのような民間の支援者の役割は、そうした制限なく
5年、10年という長いスパンでその子の成長のプロセスを知っていること、年齢や環境が
変わっても、タイムリーに必要な支援を組み替えていける点にあります。
場合によっては、幼いころからその子のことをよく知るカウンセラーが、親子間の話し合いに
同席したり、ご本人の思いを整理する手伝いをしたり、その時々に必要な支援を行うこともあります。
もちろん将来のことを過剰に心配する必要はありません。
けれど、5年後、10年後、もしまたつまずきそうになった時、すぐに利用できる場所が
あることは、決して無駄な備えではないと思います。
私たちは、今ある悩みに向き合う場であると同時に、再び迷った時にいつでも
相談を再開できる場でもありたいと考えています。
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